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東京地方裁判所 平成11年(ワ)6175号 判決

原告 医療法人社団青藍会

右代表者理事長 鈴木宏彰

右訴訟代理人弁護士 山崎順一

同 毛野泰孝

同 中田肇

被告 日本貨物鉄道株式会社

右代表者代表取締役 伊藤直彦

右訴訟代理人弁護士 茅根熙和

同 春原誠

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一億円及びこれに対する平成一〇年三月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が明和地所株式会社(以下「明和」という。)と共同して被告から土地を購入するに当たり、被告の税負担分一億円を原告が売買代金に織り込むこととなったが、その後租税特別措置法が改正され遡及的にその負担がなくなったため、原告が被告に対し、事情変更を根拠に、右一億円を不当利得として返還するよう求めた事案である。

二  前提事実

本件の基本的な事実関係は以下のとおりであり、いずれも当事者間に争いがない。

1  原告は頭書記載地にて外科病院を開設している医療法人であり、被告は貨物鉄道業を主たる目的とする株式会社である。

2  原告と明和は、平成一〇年一月二九日、被告からその所有にかかる江東区塩浜二丁目一番七〇宅地、同一番二〇八鉄道用地及び同四八三番四九鉄道用地の土地三筆のうち、実測面積合計二万五七八六・六七平方メートル(以下「本件土地」という。)を代金一〇一億四〇六〇万円で共同して買い受けた(以下「本件売買契約」という。)。

3  本件売買契約における代金の内訳は、明和が七八億〇〇六〇万円、原告が二三億四〇〇〇万円であり、被告からの所有権移転と同時に、明和と原告との間における分筆手続を経て、明和が一番二二四(二〇・五五三平方メートル)を、原告が同二二七(二八五二平方メートル)及び同二二八(二二四二平方メートル)をそれぞれ単独で所有することとなった。

4  本件売買が完了した後である平成一〇年三月三一日に成立し、同年四月一日から施行となった平成一〇年度税法改正において追加された租税特別措置法六二条一三項により、同法六二条の三第一項の法人重課の規定は平成一〇年一月一日から三年間になされた土地売買には適用されないこととなった。

したがって、本件売買契約についても右遡及的適用により、被告の土地譲渡益に対しては五パーセントの重課そのものが行われないこととなった。

三  売買代金額決定の経緯及び本件請求の法的根拠に関する当事者の主張

原告は、右のとおりの事実経過につき、後記1のとおり本件売買代金額の決定に至った経緯を主張して既払代金のうち、一億円については不当利得であるとする(請求原因)。

これに対し、被告は、後記2のとおり反論している。

1  原告の主張

(一) 本件売買契約についての被告との交渉は、主たる買主である明和が行うこととされた(争いがない。)。そして、明和と被告との売買交渉において、本件土地全部を明和に売却した場合には、当時の租税特別措置法六二条の三第一項により、法人の土地譲渡利益に対し一般に課せられていた五パーセントの特別追加税(いわゆる法人重課)が同条三項四号にいう第一種市街地開発業者に対する優良住宅地の譲渡として同条の適用がないところ、原告がその一部を取得すると、原告の取得部分については右免除規定の適用がないとの話題が出された(争いがない。)。そのため、被告から、原告に対して売却する部分については、約一億円が課税されて実質減収となるので、買主側が売買代金を上乗せすることによってその分を補償することが条件として提示された。そこで原告において検討した結果、原告が本件土地のうち、約一五五〇坪を坪当たり一四四万五〇〇〇円で取得し、その代金二二億四〇〇〇万円のほか、特別課税相当額一億円を追加負担することとして、その旨記載した平成九年一一月七日付け申入書を明和に提出し、本件売買契約の締結に至ったものである。

(二) 被告は、原告が法人重課の補償として上乗せした一億円を原告の負担においてこれを利得したものであり、契約締結時におけるその基礎事情に関し税法改正という予測できない変更が生じたことにより、本件売買価額は一億円減額された内容に変更されるべきである。したがって、右一億円については、法律上保有する原因を欠くに至ったものとして、被告は原告に対し返還しなければならない。

2  被告の反論

(一) 本件売買契約の交渉は被告と明和との間で進められたものであって、共同買主である原告と明和との間でどのような折衝がなされ、合意されていたのかは被告の関知するところではない。本件土地の売買代金は、平成九年一一月四日の被告と明和地所との最終交渉において、被告が法人重課一億円の補償要求をしたことはないし、一億円を原告の負担として上乗せすることとして本件売買代金が決定されたものでもない。右交渉の際、明和は、原告との共同購入にするのか、明和の単独購入となるかは未定であるけれども、いずれの場合であろうとも坪単価一三〇万円を変更することはない旨表明したためその旨合意するに至ったのであって、かかる合意に基づき、被告と明和は、同月一四日、坪単価一三〇万円、総額一〇二億円とする「塩浜二丁目土地売買に関する協議確認書」を取り交わし、その後国土法に基づく届出等を了するなどして、前記二2記載の本件売買契約の締結に至ったものである。

したがって、総額一〇二億円、坪当たり一三〇万円との売買価格は、原告が共同購入者となると否とにかかわらず、被告と明和との間で確定した価格として合意されたものであるから、法人重課の補償として一億円を上乗せして売買価格が決定されたわけではなく、原告の本件請求はその前提を欠き失当である。

(二) 原告主張の税法改正については、本件売買契約締結前である平成九年一二月一七日に新聞各紙が大きく取り上げて報道しており、被告及び明和はこのことを知っていたし、平成一〇年一月九日の本件売買契約書の最終確認の際には、原告の委任を受けて出席した木村会計事務所の木村所長及び大森所長代理は職業上当然に知り又は予見しえたのであるから、税法改正が予測不能な基礎事情の変更にはあたらない。

また、本件売買において、原告の支払った代金額は二三億四〇〇〇万円であるところ、原告が事情変更として請求する金額は一億円であるから、右支払済代金額の四・三パーセントにすぎず、契約内容の改訂・修正を認めるほどの基礎事情の変更とはいえない。

さらに、本件売買契約については、前記改正法律が成立する以前に代金決済を終えて履行を完了しており、事情変更の原則が適用される場面ではないし、仮に原告が主張するように、原告が上乗せして支払ったとする一億円が被告の税負担部分であったとしても、原告は総額二三億四〇〇〇万という金額が被告から取得する土地の代価として予定していた金額の範囲内であったからこそ右売買価格を納得して支払ったのであるから、本件においては当初の契約内容に原告が拘束されることは著しく信義則に反するとはいえない。

四  争点

右のとおりの当事者双方の主張に照らし、本件の争点は以下の二点であると理解される。

1  事情変更の原則の射程ないし適用要件論

税法が改正され、いわゆる法人重課が停止されたことにより、被告が受領した売買代金のうち一億円について、事情変更の原則によって、原告に対する関係で不当利得となるか(前記三1(二)及び同2(二))。

2  本件売買契約締結における契約当事者意思

明和と原告との税負担に関する内部的合意を織り込んで代金額を決定したことを被告が知っていたか(前記三1(一)及び同2(一))。

第三争点に対する判断

一  認定事実

1  原告は、平成九年五月ころ、医療・福祉施設建設用地として江東区内にある千数百坪程度の土地の物色と売買の取りまとめを環境計画株式会社に依頼し、同社の臼木富雄(以下「臼木」という。)を原告の代理人として各種交渉にあたらせた(甲一二、甲一三)。

なお、原告は当初から右交渉等に直接に関与することはなく、原告の関与としては、後記4などを除き、基本的には原告代表者において臼木の事後報告を受けるに止まった(甲一三、原告代表者)。

2  臼木は本件土地につき他のデベロッパーとの共同買入をしようとしたものの奏功せず、明和が単独で買主として被告から選定された。これを知った臼木は、原告代表者においてなんとか明和と話をつけて購入できないだろうかとの強い希望があったことから、その意向を受けて、地元選出の国会議員に働きかけるなどして、明和との間で交渉を開始することとした(甲一二、証人臼木)。

3  臼木は、平成九年一〇月三日、被告の本件土地売買に関する取引担当者である早川秀夫(以下「早川」という。)等に同行してもらい明和を訪れたところ、明和には単独取得で事業開発をしたいとの意向もみられたが、原告との共同購入について前向きに検討するとの返答をもらった(甲一二)。

4  臼木は、平成九年一〇月八日、被告に協力をしてもらったことに礼を述べるために原告代表者らとともに被告を訪ねたところ、早川から、原告が購入者として入ることになっても売買代金総額は変わらないように法人重課の税金分は買主側で負担してもらいたい旨の話があり、このとき原告としては負担はやむを得ないが、売買代金全体に組み入れることによって明和にも負担してもらえるよう交渉することとした(甲一二、甲一三、証人臼木、原告代表者)。

5  平成九年一〇月一七日、明和から臼木に対し、本件土地のうち一五〇〇坪程度を二五億円程度で購入する意思があれば共同購入にしてもよいとの返事がなされ、同月二二日、臼木は、明和に対しあらためて買取りの意向を伝え、具体的な交渉に入ることとした(甲一二)。

6  臼木は、平成九年一〇月二三日ころから明和との間で代金額等の具体的な交渉を行い、当初、明和から原告の法人重課負担部分の推定額として一億四〇〇〇万円とする提示がなされ(甲六)、これを承けて必要な地積の範囲内でより低額な負担とするよう明和との間で交渉したが、同社からは、同年九月に明和が被告に提示した代金は九八億円であるところ、被告から一〇〇億円を超える代金とするよう強い要求があるとの説明がなされたに止まった。もっとも、右交渉に際し、明和から臼木に対し、被告と明和との交渉において土地代金が総額で一〇〇億円以内におさめられるのであれば、法人重課負担部分を明和と原告との按分で負担するようにしたいとの原告の希望についてある程度考慮してもよいとの意向が示された(甲一二、証人臼木)。

7  臼木は、明和との間で原告の購入条件を記載した申入書の具体的な文面について打ち合わせを行い、明和からの修正要請に応えて、優良住宅還付金一億円を加算した総額二二億七五〇〇万円とし、「優良住宅還付金負担予定額一億円については、用地費総金額一〇〇億円内に含まれる場合は、免除とする。ただし用地費総金額一〇〇億円以上の場合は別途協議とする。」との文案で確定し、右申入書は平成九年一〇月三一日、明和に受領された(甲七ないし九、証人臼木)。

8  右申入書において、原告が一億円を負担することとなったのは、被告に対する課税額を計算して具体的に算出したものではなく、原告が売買代金として拠出できるのが二〇億円程度であったことや、明和から法人重課相当額として最初に提示された金額が一億四〇〇〇万円であったことなどから切り下げ交渉を明和との間で行った結果によるものであった。明和からの右税負担相当額の提示に対し、臼木は同社に対して計算根拠の明示を求めたのに対し同社の対応はあいまいなものに終始し、また、臼木は明和に対し、被告との間で法人重課負担額について交渉したいとの申入れを行ったものの、被告と直接に交渉をすることにつき明和から拒絶されたため、臼木は被告との間でこの点について交渉することはなかった(証人臼木)。

9  早川は、平成九年一一月四日、明和との間で、本件売買契約における代金額について協議し、その際、明和から原告を共同買受人とするか否かは確定していない旨の説明があったが、原告が共同買受人になる場合の被告のデメリットを考慮しても総額で一〇二億円ならば責任をもって被告の稟議をとれる金額であったことから、最終的に被告と明和との間において、代金総額一〇二億円、坪単価一三〇万円とすることで合意することとし、仮に原告が共同買受人とならなかった場合であっても、明和において被告に対し法人重課を免れた部分についての減額を申し入れないことを約して協議を終えた(乙九、証人早川)。

10  明和から被告との右交渉の結果、売買代金総額が一〇〇億円を超えることになったため、明和が法人重課の負担をすることはできない旨の通告が明和から臼木に対してなされたため、臼木において前記7の申入書に加筆修正し還付金負担部分に関する前記括弧内の文章を削除するなどの必要が生じ、また、取得予定の土地の面積、容積率及び接道割合等を総合して考慮した上で、臼木は、平成九年一一月七日、明和に対し本件土地のうち約一五五〇坪を二二億四〇〇〇万円、坪単価一四四万五〇〇〇円とし、これに優良住宅還付金一億円を加えた合計二三億四〇〇〇万円で購入する旨の申入書を差し入れた(甲一一、甲一二、甲五、証人臼木)。

なお、原告は、本件土地代金を購入するに際し、その代金として総額二三億四〇〇〇万円を支払うことを了解していた(原告代表者)。

11  被告は、平成九年一一月一四日、明和との間で、従前の交渉ないし前記9記載の協議を踏まえて、要旨以下の内容の協議確認書を作成し調印した(乙一)。

(一) 買主名義は、明和と原告との共同購入とする。

(二) 売買金額は、総額一〇二億円、一坪当たり一三〇万円とする。

(三) 購入目的は、明和が分譲マンション事業の建設、原告が総合病院など建設を行うことであり、それをそれぞれ承知し、可能な限りで相互協力する。

(四) 原告の建設予定敷地一五五〇坪を除いた敷地につき、明和の責任において優良住宅認定を取得する。

12  平成九年一二月一七日の新聞全国紙朝刊において、政府税制調査会は、法人重課を三年間停止し、平成九年一月に遡って適用することなどを盛り込んだ税制改正大綱を決定し、政府はこれを受けて税制改正関連法案を次期国会に提出しそれらの成立を図ることとなるなどとする記事が掲載された(乙二の一・二)。

13  原告は、病院事業計画につき東京都等に提出するため、平成一〇年一月六日付け「御願い」と題する書面をもって、前記11記載の協議確認書に基づき本件土地の一部につき被告が原告に売却することが確約されていることについて書面をもって提示してほしい旨、確約書の文案を添付して依頼し、これに対し被告は、原告が示した文案どおり同月七日付けにて確約書を交付した(乙五の一ないし三)。

14  原告は、平成一〇年一月七日、明和との間で、本件土地を被告から共同購入するに際し、被告の意向で分筆できないために共同で買い受けることとしたことから基本協定書を取り交わし、そこでは売買代金を一〇一億四〇六〇万円とし、その内訳として明和が七八億〇〇六〇万円、原告が二三億四〇〇〇万円とされ、被告からの所有権移転登記後両者間で分筆登記をすることなどが定められた(乙一〇)。

15  被告、明和及び原告との間で、平成一〇年一月九日、本件売買契約書の条項の最終確認が行われ、その際、原告は税務関係に明るい人物として木村会計事務所の木村所長及び大森所長代理の二名を原告の代理人として出席させた(原告代表者)。

16  被告は、平成一〇年一月一三日経営会議及び同月二三日取締役会において、明和及び原告に対し、本件土地を代金一〇一億四〇六〇万円で売却する件につき審議に付され、それぞれの承認を得た(乙六の一ないし三、乙七の一・二)。

17  被告を売主とし、明和及び原告を買主とする平成一〇年一月二九日締結の本件売買契約書において、要旨以下のとおりの条項が定められた(甲一)。

(一) 明和は分譲マンション建設を、原告は一般病院・老人保健施設・特別養護老人ホーム建設をそれぞれ目的として本件土地を買い受ける。

(二) 本件売買代金額は一〇一億四〇六〇万円(坪あたり一三〇万円)とする。

(三) 明和及び原告は、被告に対し、連帯して右(二)の売買代金を次のとおり支払う。

本契約締結時に手付金として五億円を支払う。なお、明和及び原告の負担内訳は、明和が三二〇〇万円、原告が四億六八〇〇万円とする。

最終金として九六億四〇六〇万円を平成一〇年三月二〇日に支払う。なお、明和及び原告の負担内訳は、明和が七七億六八六〇万円、原告が一八億七二〇〇万円とする。

(四) 明和及び原告は、共同かつ連帯して本契約に基づく買主としての権利義務一切を負うものとする。万一、右(三)の最終金の支払前で、かつ被告が履行に着手するまでの間に、明和と原告のいずれかが被告に対し本件土地を購入しない旨の意思表示をした場合、残る共同購入者(明和又は原告)は、単独の買主となり、本契約全体につき同一条件で履行しなければならない。

(五) 明和は、優良住宅認定が得られなかった場合、被告が得られる優良住宅の税の負担軽減額(追徴税を含む)の全額を速やかに被告に支払うものとする。ただし、その支払額は売買代金の二割相当額を超えないものとする。

優良住宅の認定申請時までに租税特別措置法六二条の三の規定に基づく優良住宅認定基準が変更あるいは廃止され、その結果、優良住宅認定が受けられなかった場合は、明和は右に関わる一切の責任を免れるものとする。

二  争点1(事情変更の原則の射程ないし適用要件)について

1  いわゆる事情変更の原則とは、契約締結後、その基礎となった事情に当事者の予見しえない著しい変更が生じたために、当初の合意どおりに当事者を拘束することがきわめて苛酷な結果をもたらす場合に、当事者に対し当該契約内容を将来に向かって修正または解除する権利を付与するという法理を指称するものと考えられる。かかる議論の生成過程において基底に存する問題意識は、右のような変更が生じたことにより当該契約に基づく債務の等価的均衡が著しく損なわれる場合においてなおも従前の契約の拘束力が貫徹されて履行を強いられるとするならば、信義則に照らし当事者間の衡平を確保できないおそれがあるためにこれを緩和してそのような苛酷な事態から債務者を救済できないか、というところにあるとみられる。そして、わが国において一般的と思われる理解によると、事情変更の原則の適用要件としては、<1>契約成立当時その基礎となっていた事情に著しい変更が生じたこと、<2>事情の変更は当事者が予見せず、または予見しえたものではないこと、<3>事情の変更が当事者の責に帰することのできない事由によって生じたこと、<4>事情変更の結果、契約目的が達成できないとか、あるいは等価関係が破壊されているなどにより、当初の契約内容のとおりに拘束しその履行を強制することが信義則に照らして著しく不当と認められること、が挙げられている。

2  右原則の意義及び要件<4>に示されているところからすれば、これは既に履行が完了した後における契約内容の事後的修正までも認めるものではなく、契約成立後履行期までの時間的離隔を前提にその間の事情の著しい変更を考慮して将来に向かって契約内容の修正ないし解除権という抗弁権を付与する理論というべきであろう。したがって、契約の基礎事情の変更をもって直ちに契約上の債権債務額が当然に修正されて、履行された債務の一部が事後的に不当利得になるとするところまでを容認するものではないと解される。

3  ところが、本件において原告が主張するところは、既に本件売買契約に基づく履行が完了した後に税法改正が行われたことを根拠として、既に授受された売買代金の一部が事後的に遡及的に法律上の原因が喪失すると理解するもののようであり、右に述べたとおり、これまで検討されてきている事情変更の原則とはその議論の前提が大きく異なるものといわなければならない。

4  したがって、本件について事情変更の原則の適用があるとする原告の主張については、その適用要件について検討するまでもなく理由のないことが明らかである。

三  争点2(契約当事者の意思解釈)について

1  ところで、原告が主張するところは、被告が明和との間において代金額交渉をするに際し被告に対する課税予想部分を織り込んで決定したものである以上、その負担がなくなった現在においては、法律上保有する権原を喪失し不当利得になるというものである。そうだとすると、これはつまるところ契約当事者の意思解釈の問題として、本件売買契約に際して明和との間で織り込んでいた税負担に関する部分が税法改正によって課税されなくなったことにより、代金額決定の前提たる事実が欠けたものとして代金額合意の一部が無効になるという法的主張とこれを支える事実主張として、契約締結に至る経緯について論争がなされているとみることができる。

そしてそれは、明和と原告との税負担に関する内部的合意を織り込んで代金額を決定したことを被告が知っていたといえる場合には、その合意の趣旨に照らして、合意の一部が無効に帰すると解する余地がある。

そこでこの点について、前記第二・二前提事実、同三1「原告の主張」欄に掲記した争いのない事実及び同第三・一認定事実に基づき判断する。

2(一)  右認定事実等によれば、原告が明和との間において本件売買代金の内訳について交渉するに際し、原告は、取得する予定の土地面積等に基づき代金額を算出するとともに本件土地譲渡利益に対する被告への課税補償の趣旨で一億円を加算して支払うとの認識であったと認められる。

(二)  しかしながら、他方、本件土地については、当初は明和の単独取得が予定されていたことなどから、本件売買契約についての被告との交渉はもっぱら明和が行い、原告が被告と直接に交渉することはなかったこと、むしろ臼木が明和に対し被告との直接交渉の可否を確認したところ、明和からこれを拒絶され、原告の意向が被告に対し、あるいは被告の意向が原告に対し直接に伝わる機会は全くなかったこと、被告に対する課税相当額については、原告としては明和とともに売買代金全体の中でこれを負担したいとの希望を有していたが、原告と明和との間では本件売買代金総額が一〇〇億以内に収められるかこれを超えるかによって対応を異にする含みをもたせることとし、いずれにせよ右総額の確定が税負担問題解決の先決事項であったこと、そして、被告と明和との間では、原告が明和との共同購入者となるか否かが未確定であった時点において、本件売買代金を総額一〇二億円とする合意が成立し、そしてそのために、仮に被告が法人重課を免れることがあったとしても明和において被告に対しその減額を求めないこととして合意していること、これを承けて明和と原告との間では右代金総額の枠内で取得面積や代金負担割合等についての交渉がなされ、その過程で原告が前記一億円を法人重課分の補償の趣旨で加算することとなったことが明らかである。

これらによると、一億円が被告に対する法人重課補償の趣旨であったことは、被告と明和との間で売買代金総額が確定した後、共同買主たる明和との間において地積ないし代金負担の配分という、いわば買主内部における交渉の際に決定されたものにすぎず、それらはもっぱら明和との間の合意事項にすぎなかったというべきである。

この点、本件売買代金額を総額一〇二億円とする旨の合意が被告と明和との間で成立した際に原告が共同購入者となることが未定であった以上、原告が主張するように一億円は被告の税負担部分であることが被告との間の了解事項であったとするならば、被告と明和との間における代金額の決定に際しても原告が共同購入者となる場合には税負担分をあらためて加算すること又は原告が共同購入者とならない場合には税負担分を減額する旨の合意を入れてほしいなどとする交渉があってしかるべきところ、本件においてはそのような交渉がなされたと認めるに足りる証拠はなく、むしろ原告が買主に入ろうと入るまいと被告と明和との間で総額一〇二億円として合意されているのであって、原告が共同購入者とならなかった場合であっても明和は減額を求めないこととして合意されているのである。

こうしたところからすると、売主たる被告にとっては代金総額が確定的に合意された後に、それが原告と明和との間でどのように配分されるか、そしてその内訳としてどのような合意がなされているのかはあくまで共同買主内部の問題であって、売主である被告にとっては知る由もないことといわなければならない。本件全証拠を精査しても、右一億円が被告に対する法人重課相当額として原告において加算する趣旨であったことを被告が知っていたことを窺わせる証拠はない。

(三)  また、前記認定事実によると、原告において法人重課相当額を一億円とするに至った経緯についても、被告に対する課税額を具体的に計算して算出したものではなく、原告が本件売買契約に際して代金として支出可能な上限が二〇億円程度であったことや、明和から特段の根拠も示されずに提示された当初の金額が一億四〇〇〇万円であったことから、これに対する切り下げ交渉をした結果に基づくものであって、いわば原告が一方的に被告の課税額を予想し、あるいは明和が提示した金額を基礎に原告が負担できる限度で明和との間で交渉して決定したものにすぎないことが明らかである。これに原告代表者自身も本件売買代金額として二三億四〇〇〇万円を支払うことを納得していたこと及び最終的にも平成一〇年度税制改正大綱で法人重課が三年間停止されることなどが新聞報道された後の平成一〇年一月九日に税務に明るい木村会計事務所所長と同所長代理が原告の代理人として出席して本件売買契約書の内容の確認が行われた際、同人らからは右契約書の条項について何らの異議を述べることがなく、また特段の留保をすることもなく、その結果、本件売買契約書においては、代金額一〇一億四〇六〇万円を明和と原告とが連帯して被告に支払うものとされていることを併せ考えると、原告が法人重課相当額の趣旨で一億円を加算していたとしても、それは原告が負担すべき代金として二三億四〇〇〇万円を支払うことに納得していた以上、右法人重課相当額を一億円としたことは、右代金についての原告の主観的な内訳としての意義を有するに止まる。

そうだとすれば、このことを原告との交渉に当たっていた明和が了知していたとしても、それをもって直ちに被告との間で了解されていたとはいえないこともまた自ずから明らかである。

3  したがって、本件売買契約当時における契約当事者の意思解釈の問題としても、原告の主張する一億円が被告との関係で不当利得となる余地はないといわなければならない。

第四結論

以上のとおりであって、原告の本件請求には理由がないのでこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田広美)

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